今夜も同窓会⑤(文化祭・打ち上げは御徒町)

「昨夜(文化祭の夜)、浦和の町で居酒屋で打ち上げをやっていた馬鹿者が数百人いた」

ううむ。まさに馬鹿者である。
そんなの

「捕まえてください」
「補導してください」

といっているようなものです。

「一網打尽」

となったお馬鹿な連中数百人。
彼らをよそに、我々7人は、涼しい顔で翌々日(翌日は代休ですよね)投稿。文化祭の後片付けを神妙に行います。

しかし。

しかああああし。

それで終わる我々ではないのです。

「当日は危ないから、数日後に打ち上げをしよう」

が合言葉。
まさに秘密結社です。

「打ち上げの場所なんだが、浦和はまずい」
「どこかいいところはないか」
「目立たない繁華街がいいよな」

「目立たない繁華街」って何だ?という気がしますが、当時の我々としては、今更、お縄にはなりたくないが、もうけはたんまりあるわけで、打ち上げをしないというわけにもいきません。

受験勉強に専念するためにも、やはり、きっちりと

「呑む」

のが精神衛生的にも一番です。

「御徒町はどうか?」

どうして御徒町だったんでしょうか。
合羽橋にボンベの返却に行くのと関係があったんでしょうか。
このへんも、今夜集まるみんなに聞いてみましょう。

とにかく、選んだ店は、御徒町の

「駅」

という居酒屋。入り口に、踏切の遮断機(たぶん本物)が置いてある個性的な店です。
今だったら、鉄ちゃんや鉄子が集まりそうな店です。
よく覚えていないけれど、店内はそういった鉄道グッズでいっぱいだったような気がします。
ネットで調べたら、今はないようです。もったいない。現存していたら、一度はみんなで同窓会に訪れたいお店でしたなあ。

「ここまでくれば、お上(先生)の手も及ぶまい」

という計算もあり、御徒町に遠征。

もちろん、この時代も、未成年者の飲酒は禁止であることに、今と変わらないのですが、規制は今よりもはるかに甘かった。

うちのお袋など、友人たちがとまりに来ると、グラスとボトルを出してくれましたのでね。AKの家でも、Nの家でも、Mの家でも、どこにいっても、これはいっしょ。当時の男子高生の家では、

「友人たちが泊まりに来たら、酒を振舞う」

は暗黙のルール、不文律、不文憲法、デフォルト、ディファクト/スタンダード、暗黙知、コモンセンスのようなものだったのです。

今回は店での宴会。母親たちの手も借りず、自分たちの稼いだお金で呑む…
自主自立の精神。立派ですなあ。実に笑

心置きなく飲み続け、2次会、3次会もあったんでしょうかねえ。
おそらくは、二日酔いと闘いながら、翌日は学校に行ったはずです。

こうして、楽しい文化祭は無事(本当に、「無事」だよなあ)終了。
受験生として、皆、共通一次(現・センター試験)の準備を初めていくのです。

まあ、悪いことはできないもので、7人中現役で大学に進学できたのは、TK君1人だけ。皆、長い長い受験勉強生活を過ごすことになるのです笑

<次回に続く>

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